「interview生きるをあそぶ人」は、友安製作所のスローガン『生きるをあそぶ』をもとに、自分らしく人生を楽しんでいる人にお話を伺うインタビューシリーズです。
今回の舞台は、緑豊かな山あいのまち、神奈川県・藤野。そこに「生きるをあそぶ」を体現する手づくりの村があると聞き、訪ねてみることにしました。連載第10回は、編集部が地元関西を飛び出した「出張スペシャル」です。前後編にわたってたっぷりとお届けします!
「バグソン」と名付けられたその場所には、すべてをお金で消費する都会のくらしから離れ、自分たちの手でくらしを耕す、手触りのある営みが広がっていました。社会に良い「バグ」を生み出す場所だから、バグソン。「生きるをあそぶ」ヒントを求めて、この村の村長、中村真広さんにお話をききました。
あわいを生きるための村づくり
都心から車を走らせ、藤野の里山へ。木々の緑に包まれた敷地に佇む「バグソン」は、5年前に東京から移住した中村さんが、家族や地域、共感して集まる仲間たちと共に育てている新しい「村」です。
「遠いところをようこそ!」と笑顔で出迎えてくれた中村さん。
7月末の暑い日でしたが、木々に囲まれたバグソンには、都会の暑さが嘘のように爽やかな風が流れていました。庭先であそぶ夏休みの子供たちの声も聞こえてきて、まるで誰もが憧れる夏の日の原風景のような場所にうっとりしてしまいます。

バグソンを構成するのは、中村家がくらす「母屋」、仕事や地域の集まりにも使われる「離れ」、そして3部屋の賃貸住宅として住人を受け入れる「長屋」という3つの建物。さらにその間にある庭や裏山までがくらしの場になっています。
今回中村さんにお話をうかがった「離れ」は、焼杉をあしらった外壁が印象的な建物。足を踏み入れると、ふわりと心地よい木の香りが漂います。建物には雨水タンクや太陽光パネル、コンポストトイレが自然な姿で馴染み、自分たちの手でエネルギーや資源を巡らせるサステナブルなくらしの実験場でもあることが伝わってきます。

取材の途中、中村さんのお子さんたちがトコトコと離れに入ってきて、楽しそうに可愛らしい声を聞かせてくれる場面もありました。子どもたちは建物や境界を気にすることなく、敷地全体を我が家として自由に駆け回っています。
実はそれは、子どもたちだけではないのだとか。大人も子どもも境界なく、住人たちが自由に混ざり合うのが、バグソンのスタイルです。週末になれば長屋の住人やご近所さんがふらりと集まり、庭で焚き火を囲む。くらしの空間や人間関係の「あわい」を軽やかにたのしみ、血縁に縛られない「拡張家族」として共にくらす温かな日常が、そこにありました。
ビジネスの最前線から、村長へ。都心を離れてもとめたくらし
「起業家・村長」—— それが今の中村さんの肩書です。
かつては不動産ベンチャーを立ち上げ、上場企業の社長としてビジネスの最前線を駆け抜けていた中村さん。けれど、仕事や家族の節目が重なった2020年前後、ご自身の生き方やくらしについて根本から見つめ直す時期が訪れました。
「ありがたいことに手元にお金はあっても、東京のくらしはすべてがお金でしか買えない『消費』で成り立っていることに、どこか虚しさを感じていたんです。ちょっと野菜を育てようと思っても、気軽に土に触れる場所すらない。お金で解決する楽しさではなく、生き方そのものを真逆にシフトしたいと思ったんですよね」
そんな折、家族で訪れた屋久島での体験が大きな転機となりました。自然の中で、ツアーに居合わせた人たちとお互いの子どもを見合いながら過ごす温かな時間を経験し、「こんな風に助け合える生き方があるのではないか」と心が動かされたといいます。
そこへやってきたコロナ禍と、娘さんの小学校進学というタイミング。生活を一変させ、教育環境や自然の豊かさに惹かれて藤野へと移住することを決意しました。

「誰かが用意したサービスを受け取るだけではなくて、自分たちの手で家を手入れしたり、手作業を重ねたりしながら、自分自身の『スキルが上がっていくくらし方』をしたかった。仲間と一緒に、助け合いながら子育てができる環境をつくりたいという想いが、バグソンの原点なんです」
お金でサービスを買うのではなく、自分たちの手でくらしを耕していく。都会で感じた違和感を解し、等身大でくらす実践が、この場所で形になっていきました。
感謝と自然のめぐりで生きる、アートのような実践
バグソンの面白さは、設備や空間といったハード面だけにとどまりません。この村の根底にあるのは、お金の価値だけに縛られない「感謝経済」の実験です。
例えば、長屋の家賃には「月〇万円」という決まった金額がありません。提示されているのは、あらかじめ価値を値付けしない「投げ銭制」。住むことと貨幣の価値が切り離されており、お互いに「ここで一緒にくらしたい」という共感から関係性がはじまる仕組みです。
「すべてが商品で構成された資本主義の中では、自分の時間や人生までもが値付けされてしまうような感覚になる。その一番の源流にあるのが『商品化』だと思うんです。だからこそ、家賃という形での値付けをしない。これは、ひとつの『社会的アート』としての表現であり、実験なんです」
単にお金を支払うだけでなく、村の運営や家族の手伝いなど、自分なりの関わり方でお金以外の還元をするのも、バグソンに生まれる自然な巡りのひとつです。

さらに中村さんは、村の裏手にある約3,000坪もの森を段階的に買い取り、住人や地域の人々と共に里山保全の活動に取り組んでいます。
「森の手入れって、終わりがないんですよ。どれだけ草を刈っても生えてくるし、木も伸びていく。でも、だからこそ『完成させて終わり』のプロジェクトではなく、街のいろんな人と声を掛け合いながら続けていく永続的な営みになるんです。完成されたサービスを買うより、この終わりなき手作業をみんなでワイワイ楽しむ方が、ずっと心豊かなんですよね」
その泥臭くも楽しげな手作業のプロセスの中にこそ、そこに住まう人々との関わり合いが生まれています。
世代を超えてゆく、みんなの「ホーム」に
自分たちの手でくらしを耕し、感謝の循環を生み出していくバグソン。中村さんが見据える先には、今関わっている人たち以上に、多くのバグソンを愛する人々の存在があります。
長屋に住む3世帯のくらしは、実は「2年の交代制」。住人たちは2年ごとにこの場所を卒業し、それぞれの道を歩んでいきます。
「30年、40年という長い年月を重ねれば、300人から400人くらいの拡張家族がこの地を卒業していくことになります。今ここにいる子どもたちが大人になり、親世代になって、また次の世代がこの街に住むかもしれない。世代を超えたさまざまな継承がこの地に蓄積されていくのって、すごく面白いですよね」
バグソンが目指すのは一生留まり続ける場所ではなく、人生のある時期を濃密に過ごし、やがて次のステージへと巣立っていく「実家」のような存在。ここで「自分の手でくらしをつくる手応え」や「拡張家族のような助け合い」を体験した人々が、また別の場所で自分に合ったくらしを紡いでいく。中村さんはそんな広がりを思い描いています。
手作業でくらしのスキルを上げ、感謝を巡らせながら、巣立っていく仲間たちを見送る。ビジネスの最前線を駆け抜けてきた中村さんがたどり着いたのは、地に足のついた、手触りのある日常でした。

【後編予告】 後編では、バグソンの日常に溶け込むあそびの風景から、中村さんと「生きるをあそぶ」ことについて深めていきます。
仕事とあそびの境界線を軽やかに飛び越え、街の仲間たちと新たな企みを広げていく中村さんのこれからの挑戦についても伺いました。













