「Craftsman=つくり手」をピックアップする本シリーズ。今回は、友安製作所が新しくオープンした家具サイト『 トモヤス家具製作所 』でコラボしている株式会社オーツーの椅子張り職人・中本さんにお話をお聞きしました。
Craftsman/椅子張り職人・中本淳
モノづくりが好きで19歳から椅子づくりの道へ。前職で業務用の椅子を多数手掛け、株式会社オーツーに転職。一点ものから量産物まで様々な椅子を手掛ける。国家資格の『2級いす張り技能士』取得者。1級取得も目指す。
「椅子は形があるようでないもの。同じものをつくるのは難しいんですよ」。
そう言いながら、布地を引っ張る中本さんの右手には、年季の入ったゴツゴツとした「タコ」があります。19歳からこの世界に入り、椅子づくり歴は20年以上。椅子に張る布地を引っ張る際、木枠に手を押し付けるため、このタコができるのだそうです。
そんなベテランの域に入る中本さんでさえも、「難しい」と言わしめる椅子づくり。私たちが毎日何気なく座っている椅子には、つくり手のどんな想いがこもっているのでしょうか?
椅子づくりを究める
オーツーの職人さんたちは、一人ひとりがすべての工程を受け持つことができるようオールマイティーな職人を目指しています。型取りから始まり、型紙づくり、縫製、下張り、上張りといったふうに椅子づくりにおけるトータルの技術を究めていくのです。
どの工程も欠かせない重要なものばかりですが、特に中本さんが難しさとやりがいを感じているのが、下張りと上張り。
「下張りは、椅子の土台にウレタンを貼る下地づくり。この作業で椅子の形が決まるんです。表には見えないものですが、これがゆがんでいたら完成品もゆがんでしまう」。まさに下張りは、椅子づくりの要の作業になるそうです。
そして上張りとは、その下地に布地など表に見える部分を張っていく作業。 トモヤス家具製作所 とのコラボ商品であれば、 トモヤス家具製作所 オリジナルの布地を張っていく作業になります。
椅子を使う人が、一番目にしやすく、一番触れる座面や背面の部分。ざっと撫でたときに布が寄ってきたら、張りが弱い。しかし、引っ張り過ぎると椅子自体の形が変わってしまう。形を崩さないくらいの絶妙の張り具合が必要なのだそうです。
マニュアルは自らの手が覚えた感覚
「さらに トモヤス家具製作所 とのコラボ商品となると、一点ものではなく複数同じ商品をつくらないといけません。すべての職人が、毎回“同じ張り具合”を出し、速さと質を合わせ持つことがとても難しいんです」という中本さん。
現在後輩職人の育成にも携わっている中本さんは、この基準となる張りを後輩たちに伝えています。しかし、張り具合を口や文章で伝えるのは難しい。では何で伝え、どう覚えていくのでしょうか? それは、布地を張った時の“手触り”。中本さんや先輩たちが張った基準となる張りを手で触って覚え、それを後輩が自分でも張ってみる。何度も布地を張って、「弱すぎる」「今度は強すぎる」といったふうに自分の手で覚えていくのだそうです。
中本さん自身も、そうやってこの20数年間、何度も何度も布地を張り、絶妙の張りをその手と身体が覚えてきました。
ゴツゴツとした手に表れた、消えないタコがその証です。
椅子ととことん向き合う
テコの要領で引っ張ります。 タッカーで仮留め。
上張り作業で布地を引っ張る際は、木枠に右手を当て、テコの要領で引っ張っていきます。 中本さんの右手のタコは、この上張り作業でできたものです。さらに絶妙の力加減で布地を引っ張りながら、カッターで仮留めをしていきます。一度で仕上げてしまおうとすると、どうしても引っ張り過ぎてしまうそうです。目安は、余った布地(張り代)の長さ。長過ぎれば強く引っ張り過ぎ。短過ぎれば、弱過ぎるという目安に。さらに上から撫でながら形をつくっていきます。
座面と背面がつながっている場合に、その間に布地を入れ込んでいく作業。
使う道具は、つくり手それぞれで、ものさしやヘラなど使いやすい物で代用しているそうです。中本さんは料理で使うヘラを使用していました。こういった上張りの作業は、オーダー品で複雑なものの場合は、2日間かかることもあるそうです。 その時間は、とことん椅子と向き合う時間。
若手の育成が自らを成長させる種
「私は、職人ではないと思っているんですよ」。
そう語る中本さん。しかし、周りから見る限り、中本さんは立派な職人さんといった印象を受けます。
「私の考える職人っていうのは、技術的にもっと突き詰めた人。最終的には人間国宝になるような人と言ったら伝わりますかね? だから私はまだまだ。ポジティブに考えると伸びしろがあるということですかね(笑)」。
自身が職人となるまでは、まだ成長できる余白があるという中本さん。さらに自身の技術向上だけでなく、やるべきことがあると言います。それは後輩たちを育成し、つくり手全体の技術の底上げを行うこと。それが良いモノづくりにつながると確信されています。
「何度も言いますが、オーツーの椅子は1人でつくっているわけではありません。でも、椅子づくりの技術を習得するには、一朝一夕では難しい。特に私たちは、オールマイティーに椅子づくりにかかわっていけることを目指しています。そのために、早い段階から若い人にも技術を伝え、育てていきたいんです」。
人材育成は、モノづくりの世界だけでなく、様々な業界で必要不可欠な事柄であり、課題とされる事柄でもあります。ややもすると、教える側が負担に感じてしまうことも。しかし中本さんは、こんなことを教えてくれました。
「私が今からさらに成長するには、新しいものが必要だと思っています。それが、若い人の存在なんです。20年以上椅子づくりをやっていると、やっぱり固定概念の塊になってしまう。でも若い人は、新鮮な目線で『この方が良くないですか?』って、ときには突拍子のないことを言ってくれるんです。そのアイデアを拾うことが一番の成長なんです」と嬉しそうに語る中本さん。
最後に、「中本さんにとってモノづくりとは?」という質問には、こう答えてくれました。「常に楽しく、常に成長すること。若い人達と一緒に、私もまだまだ成長していきます」。
◆トモヤス家具製作所
トモヤス家具製作所のサイトでは、オーツーのブランド『QUON』とコラボし、オリジナルのファブリックを張った商品を購入することができます。
ご購入はこちらのサイトから。